J読書会の記録

都内で月イチ開催の読書会やってます。

読書会について

はじめに

主催者より、この読書会について説明をいただきましたので掲載します。

 

会の趣旨

発端:自己のアイデンティティへの疑問
  • 日本への違和感
  • 比較軸をもつことによる相対化・止揚の可能性の発見 
日本の「問題点」:個性のない個人
  • 強い個性をもたない日本人への違和感
  • 個々が個性をもっていないがゆえの個性なき政治的決定
考えられる理由
  • 強い個人を前提とした議論(主張の交換)がない。
  • 自己の日常への埋没=専門性というたこつぼ化。共通のテーマを議論することがあるべき姿ではないのか。
  • それが究極にはともに生きるということではないのか?

 

だから、読書会を通じて議論の場をもうけていきたい

 

会のスタイル

考えられうるスタイル

  • 文献を出発点とした自由な議論
  • 文献の理解に重点を置いた専門性の高い議論

 

今後の問題関心

  • 日本人/文化論
  • 市民社会論
  • 歴史:日本史、世界史
  • 哲学(史):日本、西洋
  • 個人とは何か
  • 公共性

 

以上です。

 

第2回読書会の記録

日程と題材

今回、第2回の読書会は、2015年3月21日(土)に開催されました。出席者は5名でした。

題材は、蟻川恒正「尊厳と身分」石川健治編『学問/政治/憲法』(岩波書店)。参考文献として、木庭顕『ローマ法案内』(羽鳥書店)44〜53頁と、太宰治走れメロス』を扱いました。

 

学問/政治/憲法――連環と緊張

学問/政治/憲法――連環と緊張

 

  

ローマ法案内―現代の法律家のために

ローマ法案内―現代の法律家のために

 

 

論文の構成

まず、司会より、論文の内容についての紹介がありました。

 1.Waldronの議論を紹介

   「高い身分」の普遍化

 2.Waldronの議論の必然的帰結

   尊厳の拡張に際し、能力の検証の手続が必要である。

 3.要求される能力の内容について『走れメロス』を題材に説明

   制度の期待に応える行動をとること

 4.憲法解釈への影響

   憲法における個人の尊厳についても、能力の検証が必要ではないか。

   ⅰ.個人に能力の証明を要求する

    →個人に無理を強いることになる

   ⅱ.個人に能力の証明を要求しない

    →権利が空虚にならないか

 

その上で、4.ⅱの場合、能力を有しない人についてはどのような対応をすることになるのか、能力を証明する具体的な仕組みは何か、といった問題提起がなされました。

さらに、現行の制度においても、選挙権や公務員になるための要件など、一定の能力の証明が要求されている場合があるとの説明がありました。

 

意見交換

読書会で述べられた意見について、その一部を紹介します。

 

まず、今回の読書会では、著者のいう「公共的義務」とは何か、という点に関心が集まりました。

著者は、公共的義務の具体例として、出頭保証人制度において、制度の期待に応えて出頭することを挙げているのですが、現行の法制度ではどのような義務が公共的義務にあたるのかといったことが話し合われました。

 

次に、論文の意義について話が及びました。この論文は、従来の憲法学が想定していた、「個人の尊厳」と「自由」や「平等」とが決して順接の関係にはないことを指摘しているものの、結果としてどのような選択肢をとるべきかということについて、具体的に何も論じていないとの指摘がありました。

 

さらに、一度憲法上の権利を獲得した個人は、その法制度の期待に応える意欲を失うというモラル・ハザードに陥っているのではないかとの指摘がありました。

 

その他、著者のいう、能力の検証の方法や結果、そこから漏れる人の手当如何によっては、新たな身分制社会を生み出すことにもなりかねないとの指摘がありました。

 

4月の読書会及び今後の題材について

4月の読書会の題材は、次に変更になりました。

 

さらに、今後取り上げるかもしれない題材について、追加がありました。

 

最後に

これで第2回読書会の記録は終わりです。

コメント欄にて自由に討議してください。

今後の読書会の文献について

今後取り上げるかもしれない文献について、追加がありましたので更新します。

今後も随時更新していく予定です。

第1回読書会の記録

はじめに

私たちは東京都内で月イチの読書会をしています。

このブログでは、読書会の活動を記録していきます。今回の活動内容は次のとおりです。

  • 日程と題材
  • 議題(1) 読書会について
  • 議題(2) 本の内容を受けての意見交換
  • 議題(3) 3月及び4月の読書会について

 

日程と題材

今回、第1回の読書会は、2015年2月21日(土)に開催されました。出席者は5名でした。

題材は、河合隼雄『中空構造日本の深層』(中公文庫)。河合隼雄が1970年代後半から80年代はじめにかけて発表した文章をまとめたものです。

 

中空構造日本の深層 (中公文庫)

中空構造日本の深層 (中公文庫)

 

 

議題(1) 読書会について

まず、主催者から、なぜ読書会をするのかという話がありました。

なぜ読書会か。海外から帰ってきて、日本社会とは何か。日本人とは何か、ということが問題として浮かび上がってきた。

それに加えて、参加者の考えをたたかわせるプロセス自体に意味がある。自分を省みるために議論をする。 

このような会の趣旨を踏まえて、参加者からも興味のあるテーマを募った結果、今後読書会で扱うテーマとしては、

  • 日本人/文化論
  • 市民社会論
  • 歴史:日本史、世界史
  • 哲学(史):日本、西洋

といったものが挙げられました。

 

議題(2) 本の内容を受けての意見交換

読書会で述べられた意見について、その一部を紹介します。

 

今回の読書会では、主に、『中空構造日本の深層』の表題にもなっている「中空構造」とはどのようなものかということに焦点が当てられました。

中空構造を理解するには、その起源と考えられる日本人の自我の構成を見る必要があり、97頁の図をもとにして、参加者から意見が述べられました。

97頁の両図は、意識してものごとを捉えて判断することができるか、無意識でものごとを捉えているか、が異なるのではないか、との意見がありました。

 

次に、上記の個人レベルの自我の構成から、日本社会の特徴ともいえる中空構造なるものが誕生し、それがまた個人レベルの自我を社会化の中で規定するとして、議論は中空構造自体へと進んでいきました。

そこでは中空構造とは実際には「空」ではなく、中空構造の内部に功利的な判断、利益に基づく判断が居座っており、その功利的な思想に基づいて、コンテクストから引き裂かれ、道具化された諸思想(仏教、儒教、西洋思想など)が利用されているのではないかとの意見がありました。それは丸山眞男のいう思想の「雑居性」にもつながりうる話であるとの意見が寄せられました。 

そして、利益になるならば、全体主義的な考え方も道具として取り入れるということがあるのではないか、との意見がありました。

このような日本の中空構造に対して、西欧には宗教に裏打ちされた人間像があるため、中空であるということはなく、思想や価値観に対面した場合には批判的に応接することができるのではないか、という意見がありました。

 

また、中空構造がもたらしかねない不利益について、市民社会を前提とする人間像を培い中空を充填すべきとの意見と、中空構造の不利益は法や民主主義といった制度で歯止めをかけるべきとの意見がありました。

もっとも、前者の意見に対しては、そもそも中空を充填するためには、河合も述べているように現在の中空性を認識する必要があるが、中空性は自我の無意識な対象の把握に基づいているため、中空性の認識が難しいという、中空性のもつ自己内在的な障害が、中空性の克服には存在しているとの意見がありました。

 

他にも、日本の歴史におけるリーダーシップは中空構造か、父性社会と母性社会とは何か、中国の「天」との違い、日本の戦争責任といったことについて話が及びました。

 

議題(3) 3月及び4月の読書会について

3月の読書会の題材

 

4月の読書会の題材 

 

今後取り上げるかもしれない題材

 

最後に

これで第1回読書会の記録は終わりです。

コメント欄にて自由に討議してください。